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福岡地方裁判所 昭和32年(行)20号 判決

原告 鹿子島隆

補助参加人 東豊商事株式会社 外一名

被告 福岡法務局長

訴訟代理人 小林定人 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告と被告との間に生じた部分は原告、参加によりて生じた部分は補助参加人両名の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、

「福岡市上厨子町一六番地日栄電気株式会社内日東商事株式会社の登記につき、登記官吏がなした抹消登記に対する原告の異議申立に対し、被告が昭和三二年五月九日附をもつてなした却下決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

「一、訴外日東商事株式会社の登記簿によれば、同会社の代表取締役たる取締役であつた原告は昭和三〇年一月三〇日他の二名の取締役とともに辞任し、同日中島重信外三名が取締役に就任した旨の登記が、同年二月二日になされたところ、昭和三一年二月八日右原告の代表取締役たる取締役辞任の登記は錯誤によるものとして抹消され、原告を代表取締役たる取締役として回復の登記がなされた。しかるにその後同年九月一五日に至り、右二月八日附の登記は商法の規定により許すべからざるものとして、福岡法務局登記官吏は非訟事件手続法第一五一条の四の規定に基き職権をもつてこれが抹消をなし、結局昭和三〇年二月二日附の登記の状態に復した。

二、原告は右の昭和三一年九月一五日附福岡法務局登記官吏がなした抹消登記につき被告に対して異議の申立をなしたが、被告は昭和三二年五月九日決定をもつて原告の異議申立を却下し、右決定書はその頃原告に送達された。

三、しかしながら前記昭和三一年九月一五日附抹消登記には次のような違法がある。

(一)  原告は昭和三〇年一月三〇日代表取締役たる取締役を辞任したが、後任の代表取締役たる取締役が選任されなかつたため、代表取締役が皆無となり法律または定款の定めた代表取締役の定員を欠くに至つた。かかる場合後任の取締役が定員(前記訴外日東商事株式会社の定款によれば、その員数は十名以下となつている)を充足する場合でも、新たな代表取締役が選任されるまでは、従前の代表取締役がその権利義務を行い得べきものである。したがつて、昭和三一年二月八日附錯誤による抹消並びに回復の登記は適法であつて、これが抹消をなした前記昭和三一年九月一五日附抹消登記は違法であるから、その抹消を免れないものである。

(二)  また非訟事件手続法第一五一条の二第一項に所謂『其登記ガ商法、有限会社法又ハ本法の規定ニ依リテ許スベカラザルモノナルコトヲ発見シタルトキ』とは、事件が登記所の管轄に属さざるとき及び事件が登記すべきものにあらざるときを指すもので、本件の如く、登記事項が商法の解釈上疑義がある場合(本件においては当初は適法なりと解して辞任登記を抹消してその回復登記をなし、後にはその登記を違法なりとして回復登記の抹消をなしている)は職権抹消をなすべき場合に該当しない。したがつてこの面からみても前記昭和三一年九月一五日附本件抹消登記は違法であり、抹消を免れないものである。

しかるに、被告は右(一)、(二)に述べたような違法を理由とする原告の異議申立を却下したのであるから、これが取消を求めるため本訴に及んだ。」と述べ、更に被告の答弁に対し、

「本件事案の解決は代表取締役の本質を如何に解するかにかかつている。すなわち現行商法における代表取締役は代表権(業務執行権を含む)を有する取締役であつて当然に取締役の資格を前提としているが、通常の取締役とは別個の独立した会社機関と解すべきである。代表取締役なる機関は一面取締役として取締役会を構成するとともに、他面会社代表の権限を行使する二重の面を有するもので、換言すれば代表取締役は当然に取締役の権限を内包するものというべきである。

かような見地から本件の如き商法第二六一条第三項による同法第二五八条第一項の準用を如何に解すべきかについては場合を分けて検討の必要がある。

(イ)  代表取締役たる取締役が代表権のみを辞任し、取締役の地位を留保した結果、代表取締役の員数を欠くに至つた場合前示商法の規定が準用されることは当然である。

(ロ)  問題は代表取締役を辞任するとともに取締役をも辞任した結果代表取締役の員数を欠くに至つた場合である。この場合に商法第二六一条第三項により同法第二五八条第一項を準用すべき は当然であつて、右各規定を読み代えれば『……前略……代表取締役ノ員数ヲ欠クニ至リタル場合ニ於テハ……中略……退任シタル代表取締役ハ新ニ選任セラレタル代表取締役ノ就職スル迄仍代表取締役ノ権利義務ヲ有ス』るのである。しかして代表取締役の権利義務を有するということは当然に取締役の権利義務を有することを内包している。かかる理論は前叙代表取締役の本質論から演繹し得るのであつて、代表取締役が取締役の権限を内包する特別の会社独立機関である以上、代表取締役の権利義務を法律が仮設するのは当然に取締役の権利義務をも随伴的に仮設しているものと解すべきである。これに対し被告は商法第二六一条第一項の法意その他から同法第二五八条第一項の適用ある場合にのみ同法第二六一条第三項の適用を認め、その適用なき場合には、その準用を否定するとの独断的結論を出しているのであるが、かかる見解は前記各法条の解釈を誤つているばかりでなく、代表取締役の本質をも誤解するものといわなければならない。ところで前叙原告主張のように解する場合においては、商法第二五八条第一項の準用を全く度外視するのであるから、後任取締役が員数を欠いているか否かは全く問題にならないのであるが、他方かく解すると法律または定款所定の最大員数を超えて取締役が存在する場合、すなわち後任取締役が定款所定の最大員数だけ選任されたため、代表取締役たる取締役の権利義務を有する者を加えると取締役の最大員数を超過することになる事態が予想される。ところがかかる場合には代表取締役たる取締役の権利義務を有する者を加えて最大員数となるようその限度に新任取締役を減員するか、或いは法律の規定により当然に代表取締役の権利義務を有するとする以上、臨時的に最大員数超過の取締役の存在を認めるかのいずれかによつて解決し得べきもので、このことはまた商法第二六一条第三項、第二五八条第二項の適用による一時代表取締役の職務を行うべき者を選任する場合にも当然起り得る問題である。

仮りに然らずとするも、商法第二六一条第三項により単純に代表取締役の権利義務を有すると定めているのであるから、取締役の権利義務を有しない場合でも会社代表権限のみは付与したものと解すべきである。通常の場合代表取締役は取締役であることを要するのは当然であるが、代表取締役たる取締役を辞任し資格を喪失したのにかかわらず代表取締役の権利義務を有すると規定された以上、取締役としての権利義務乃至資格の有無にかかわらず代表取締役のみの権利義務を有するのは当然であつて、法文上これを制限的に解すべき何等の根拠がない。

しかして非訟事件手続法第一五一条の二第一項に所謂許すべからざる登記とは不動産登記法第四九条第一号、第二号と同様の場合のみであつて、その他の場合に登記官吏が実質的審査権を有するものではない。したがつて本件の如く商法の解釈にまで立入つて形式的には何等の瑕疵もない登記を職権で抹消するが如きは全く法の解釈を誤つた違法措置であり、それを前提とした被告の昭和三二年五月九日附却下決定は前叙いずれの面よりするも到底取消を免れ得ないものである。」と述べ、

立証として〈省略〉

原告補助参加人東豊商事株式会社訴訟代理人は被告の答弁に対し

「一、仮りに被告の主張するように、商法第二六一条第三項、第二五八条第一項により代表取締役の権利義務を有する者であるためには、その前提としてその者が取締役の地位を有するかまたは同法第二五八条第一項により取締役の権利義務を有する者でなければならないとしても、それは後述のとおり、あくまで代表取締役の権利義務を有するための資格取得の要件に過ぎず、資格保持の要件ではない。しかして辞任代表取締役が右前提要件を具備するや否やは、その退任の時を櫟準としてこれを決すべく、退任のときに右要件を具備していれば該代表取締役に対しては当然同法第二六一条第三項、第二五八条第一項が適用されるのである。

(一) 被告の主張は、取締役または取締役の権利義務を有することが、代表取締役の権利義務を有するための資格取得の要件たるにとどまらずその資格存続の要件であつて、辞任代表取締役がたとえ辞任の当時取締役または取締役の権利義務を有していても、その後これらの資格を失えば爾後当然代表取締役の権利義務を有する地位を喪うものである、 というにあるようである。

元来商法第二六一条第三項を新設したゆえんのものは、改正商法において代表取締役を株式会社の心須機関としたので、これが欠如による会社運営の支障を除去するために外ならない。すなわち代表取締役の退任による欠員の場合には、取締役の退任による欠員の場合と同様、裁判所は利害関係人の請求により一時代表取締役の職務を行うべき者を選任することができるが、会社の信任関係に影響の少ない任期満了又は辞任による退任の場合はかかる手続を用いるまでもなく、当該退任代表取締役に当然代表取締役の権利義務を有せしめることとして会社の運営に支障なきを期したのである。したがつて両者はともに代表取締役そのものではなく、これと同一の権利義務を有する臨時的特殊機関である。ただその選任につき前者は裁判所の決定により、後者は法律の規定によることとしたに過ぎない。そして両機関とも代表取締役そのものではないから、一旦適法にその資格を取得した限り、これが資格消滅の原因もまた代表取締役の資格消滅原因とは何等関係のない別個のものというべきである。しかして代表取締役の権利義務を有する者の資格消滅原因は、商法第二五八条第一、二項、第二六一条第三項において(イ)後任代表取締役就任(ロ)裁判所の代表取締役職務代行者の選任となつている。したがつて右以外にたとえ代表取締役の資格消滅原因(例えば辞任株主総会の解任決議等)が生じたとしても、これにより代表取締役の権利義務を有する者の資格を消滅せしめるものではなく、このことは代表取締役の権利義務を有する者が代表取締役そのものでない当然の帰結である。同一の理由により代表取締役の前提要件である取締役または取締役の権利義務を有する地位が消滅しても、代表取締役の権利義務を有する地位はこれにより消滅するものではない。

右の理はあたかも判事に任命されたのは弁護士をしていたかためであるとする場合、弁護士は判事任官の前提はなすが、一旦判事に任官した以上その後当該判事に弁護士の欠格事出が生じたとしても、判事の地位に何等消長を来すことのないのと同様である。

(二) 本件において、原告は代表取締役たる取締役の退任のときに取締役又は取締役の権利義務を有する地位にあつたのである。すなわち、

訴外日東商事株式会社の代表取締役にして取締役たる原告は昭和三〇年一月三〇日他の二名の取締役とともに辞任したので、同会社は定款に定める取締役の員数(三名)を欠くに至り、そのため右三名は辞任と同時に取締役の権利義務を有するに至つたものである。そこで仮りに同会社がその五日後に定足数の後任取締役を得たとすれば、五日間だけは右三名とも取締役の権利義務を有していたことになるし、また原告は代表取締役辞任の際取締役の地位を有していたものというべく(何故ならば、代表取締役たる取締役が代表取締役及び取締役を同時に辞任したときは観念的には代表取締役を先に辞任したものとみるべきであろう。そうでなく取締役を先に辞任したものとすれば、代表取締役の地位は辞任に先だちその前提要件を欠如し当然消滅するので辞任の余地がなくなるからである)、仮りに然らずとするも、少くとも右に述べたように取締役の権利義務を有していたことは明らかであるから、原告が代表取締役の権利義務を有する地位を取得したことも疑を容れないところである。かくて五日目に後任取締役の就任により原告他二名が取締役の権利義務を有する地位を喪つたとしても、原告は爾後もなお後任代表取締役の就任まで代表取締役の権利義務を有する地位を保持したものと解すべきであろう。蓋し一旦適法に取得した右の代表取締役の地位は後任代表取締役就任まで(もし利害関係人の請求により代表取締役職務代行者の選任であつた場合にはその選任まで)継続することは商法第二六一条第三項により明らかであるからである。

以上の理は、たとえ前任取締役の辞任と後任取締役の就任とが同日であつたとしても、その間に時間のずれがある限り何等異なるところがない筈である。本件においては、偶々代表取締役たる原告を含む三名の取締役の辞任と後任取締役の就任とが同日であつたため、代表取締役辞任の際原告に取締役または取締役の権利義務を有する地位がなかつたかのような観を呈するが、仔細に観察するときは、少くとも時間的には前任取締役の辞任と後任取締役の就任との間には、株主総会の後任取締役選任手続及び当選取締役の就任承諾等のため相当のずれがあつたことは当然である。そこでその間は前任取締役たる原告等に取締役の権利義務を有する地位があつたわけである。極端に論ずれば、前任取締役がその間隙に取締役としての権利を行使したとすれば、商法第二五八条第一項が適用されることも当然である。

以上論述の理由により、原告は代表取締役辞任時において、代表取締役の前提要件たる取締役または取締役の権利義務を有する地位にあつたことが明らかであるから、たとえその地位が短時間の後に消滅したとしても、一旦適法に取得した代表取締役の権利義務を有する地位は後任代表取締役の就任まで継続していたものと解すべきである。したがつて原告の代表取締役辞任登記をなしたのは不当である(退任代表取締役に対し商法第二六一条第三項の適用ある間は代表取締役退任の登記はなさない取扱例であること被告の主張のとおりである)から、右辞任登記に対しなされた抹消並びに回復登記はもち論有効であつて決して商法違反の登記ではない。しかるに、これを商法違反の登記として職権抹消した登記官吏の処分並びに該処分に対する原告の異議申立を却下した被告の処分はともに違法たるを免れないというべきである。

(三)  被告の主張が、原告は本件代表取締役辞任の当時、取締役又は取締役の権利義務を有する地位になかつたという事実を前提として、原告に商法第二六一条第三項の適用がないとした趣旨であれば、法律解釈の適否は別問題として右認定事実は真実に反すること既述のとおりであるから、この誤つた事実を前提として、これに法律を適用しまたは適用しなかつた違法がある。

二、なお被告は、原告が代表取締役の前提要件たる取締役または取締役の権利義務を有する地位になかつたので、代表取締役の地位も有しなかつたものであるとの理由で原告に商法第二六一条第三項の適用がないと主張するが、かかる前提要件の有無は実質的審査をしなければ到底判然しない事項である。しかるに登記官吏には実質的審査の権限がないので、本件職権抹消は登記官吏がその権限を超えてなした違法の処分というべく、これを認容した被告の本件処分もまた違法というべきである。」と述べた。

被告指定代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として、

「原告の請求原因事実のうち、一、二の各事実及び訴外日東商事株式会社の定款では取締役の定員が十名以下になつていることは認めるが、昭和三一年九月一五日附抹消登記に原告主張のような違法事由三があるとの点は争う。すなわち退任した代表取締役が商法第二六一条第三項により、新たに選任される代表取締役が就任するまでなお代表取締役の権利義務を有するためには、その前提として同人が取締役の地位を有するかまたは同法第二五八条により取締役の権利義務を有するものでなければならない。蓋し同法第二六一条第一項に代表取締役は取締役中より選任すべきことを定めている法意その他代表取締役の地位、性格等より考えて、取締役の地位を有することが代表取締役たるの基礎をなすものであり、取締役の地位またはその権利義務を有しないときはその基礎を欠くものであるから、同法第二六一条第三項の適用の余地は全く存しない。もち論かく解するときは一時代表取締役を欠く事態の発生することは予想され得るけれども、かかる場合には取締役が直ちに取締役会を開いて代表取締役を選任すれば足り、選任しない場合には利害関係人の請求により裁判所が一時代表取締役の職務を行うべき者を選任することができるから、会社の運営に支障を来たすことなく、したがつて同法第二六一条第三項の立法趣旨にも反しない。本件についてこれをみれば、原告は訴外日東商事株式会社の代表取締役であつたが、昭和三〇年一月三〇日取締役犬塚幸晴、同高橋俊一とともに取締役を辞任し、代つて中島重信ほか三名が取締役に就任し、会社の定款に定めた取締役の員数が完全に充足されたものであるから、原告は取締役の地位はもち論同法第二五八条第一項に定める取締役の権利義務をも有しないことは明らかで、その後任の取締役会が代表取締役を選任しないため原告の辞任後右訴外会社の代表取締役が欠けるに至つたとしても、前述したように代表取締役の基礎となるべき資格に欠ける原告が同法第二六一条第三項により代表取締役の権利義務を有しないことは当然である。

ところで商業登記では、代表取締役が退任してもその者がなお代表取締役の権利義務を有する場合は、後任代表取締役が就任するまで退任の登記をしない取扱いであるが、本件ば前述したようにかかる場合に当らないので、申請により昭和三〇年二月二日附で原告の辞任登記がなされたものであり、右登記には実体上も手続上も何等違法な点は存しない。したがつてこれを錯誤の登記として抹消し、原告を代表取締役たる取締役として回復した昭和三一年二月八日の登記はまさに前述したように商法第二六一条に違背し、非訟事件手続法第一五一条の二第一項に所謂許すべからざる登記に該当するといわねばならない。よつて同法第一五一条の四に基いて右回復登記の抹消をなした本件登記は正当でかかる登記官吏の処分には何等違法の点はなく、したがつて原告の異議申立に対して被告がなした昭和三二年五月九日附却下の決定にも何等違法の点はない。」と答え甲号各証の成立を認めた。

理由

訴外日東商事株式会社の登記簿の記載によれば、同会社の代表取締役たる取締役であつた原告は昭和三〇年一月三〇日他の二名の取締役とともに辞任し、同日中島重信外三名が取締役に就任した旨の登記が同年二月二日になされ、その後昭和三一年二月八日右原告の代表取締役たる取締役辞任の登記は錯誤によるものとして抹消のうえ原告を代表取締役たる取締役として回復する旨の登記がなされ、更にその後同年九月一五日右の二月八日附の登記は商法の規定により許すべからざるものとして非訟事件手続法第一五一条の四に基き職権で抹消され、昭和三〇年一月三〇日原告が代表取締役たる取締役を辞任した旨の登記がなされていること、及び原告は右昭和三一年九月一五日附抹消登記につき被告に対し異議申立をなしたところ、被告は昭和三二年五月九日附の決定をもつて原告の異議申立を却下し、その決定書がその頃原告に送達されたことは当事者間に争がない。

そこで前記昭和三一年九月一五日附抹消登記について、原告等の主張するような違法事由が存在するかどうかについて判断する。

一、現行商法(昭和二五年法律第一六七号による改正後の法律)のもとにおける代表取締役は旧商法(右改正前の法律)のもとにおけるそれとは異なり、株式会社における必要的常設の機関ではあるが、もともと代表取締役とは会社代表の権限を有する取締役のことであつて、その選任母体が取締役をその構成員とする取締役会であること、且つその故に取締役会は代表取締役たる取締役に対し代表権の剥奪をはじめとする種々の監督権を有していること、及び取締役の選任解任は株式会社における最高の意思決定機関である株主総会においてなされること等からして、代表取締役たる取締役とは取締役会の決議によつてその構成員である取締役に会社代表の権限(業務執行権を含む)が加えられただけのもので、その地位はあくまで取締役たる地位を前提としているものといわねばならない。

しかして代表取締役の退任により法律または定款所定の代表取締役の員数を欠くとき、任期満了または辞任による退任者が後任者の就職するまで引続き代表取締役の権利義務を有するとされる場合(商法第二六一条第三項によつて同法第二五八条第一項が代表取締役に準用される場合)においても、代表取締役の性質につき右に説示したところと別異に解すべき理由はない。すなわち商法第二六一条第三項、第二五八条第二項により一時代表取締役の職務を行うべき者の地位は、代表取締役を欠き、または代表取締役がその職務を執行し得ない場合にその選任がなされるとの意味において、同法第二六一条第三項、第二五八条第一項の代表取締役と同じく、通常平時の代表取締役そのものではなく臨時的特殊な機関であるといい得るか、右代表取締役職務代行者と雖も、代表取締役としての職務を行うものである以上、他に取締役が存する場合には、できる限りそのうちより選任されるべきであるしまた取締役を欠き或いは取締役が存してもそのうちより選任するのが適当でない事情にあるときに純然たる第三者が選任されることもあり得るが、その場合においても、選任された代表取締役職務代行者は特にその旨併せて選任されると否とにかかわらず、同法第二五八条第二項の一時取締役の職務を行うべき権限をも付与されていると解すべきであり、このことは同法第二七〇条第一項の仮処分による代表取締役職務代行者の場合も同様に解されるのであつて、右各代表取締役職務代行者と雖も、同時に取締役または取締役職務代行者の地位を有する点において、通常の代表取締役の場合と何等異なるところはない。そして同法第二六一条第三項、第二五八条第一項の代表取締役の場合にのみ例外とする理由もない。これを要するに商法上取締役たる地位を有しない代表取締役を認めることはできないのであり、換言すれば取締役の資格を有することが、代表取締役の資格を取得する要件であるのみならず、その資格を存続せしめる要件であるといわねばならない。

ところで右のように解する場合に、商法第二六一条第三項、第二五八条第一項の代表取締役についても前記代表取締役職務代行者におけると同様に、取締役の資格と無縁のしかも取締役の地位を当然に随伴する代表取締役なるものを仮説したものと解することができるかどうかについて考察する。

商法第二六一条第三項、第二五八条第一項め規定は、任期満了または辞任により退任した代表取締役が退任によつて当然に代表取締役の資格を喪うにもかかわらず、会社の利益のため特に退任後の任務を定めたもので、退任の際代表取締役の欠員あるときに当然その適用があるのに反し、同法第二六一条第三項、第二五八条第二項の代表取締役職務代行者は、代表取締役の欠員を生ずれば当然に選任されるものではなく、裁判所が必要ありと認めた場合、すなわち退任代表取締役が死亡しまたは解任される等その職務を継続して行うことが不能または不適当であるか、更に病気、不在または信任の喪失等その職務を事実上継続して行うことが不能または不適当であるか、或いは代表取締役の死亡後内紛により後任代表取締役を選任すべき取締役会を早急に開催し得ない事情にある場合等、したがつて代表取締役の欠員があるにもかかわらず、しかも同法第二六一条第三項、第二五八条第一項の規定によることができないか、または不適当であるときに、右規定からいえば補充的に、選任されるものである。そして必要ありとされるのが右に述べたような場合であり、それ故に純然たる第三者が選任されることが予想されるところから、法は裁判所による後見的関与のもとに代表取締役職務代行者の選任を認め、その者が取締役の地位を有しない第三者である場合に限り例外的に取締役職務代行者の地位をも随伴せしめたものというべく、その性質を同じくする仮処分による代表取締役職務代行者も右と同様に解されるが、退任代表取締役が退任後も当然その任務とされるとの意味において、むしろその性質が通常の代表取締役に類似する同法第二六一条第三項、第二五八条第一項の代表取締役については、右と同じく取締役の地位を随伴する特別の代表取締役制度であると解すべき理由はない。

仮りに商法第二六一条第三項、第二五八条第一頂の規定が、取締役の地位と無関係に取締役の地位を内包する代表取締役を認めたものとすれば、法律または定款所定の最大員数の取締役が存するにもかかわらずそれを超えて取締役が存するという事態が起きることも予想されるが、法がかような事態の発生を許容したと認めるに足る合理的理由は見出し難いといわねばならない。なるほど、前記各代表取締役職務代行者が選任されたときにも、右と同じく最大員数を超えて取締役が存することもあり得るけれども、この場合はその選任について登記すべき旨明確に規定されていて右の事態を法が予想しているものというべく、また数名の取締役が同時に退任し、選任された後任者が定員に満たないときに退任者全員が依然として同法第二五八条第一項の取締役の地位を有しその結果最大員数を超えて取締役が存することもあり得るけれども、この場合においては後任者が定員に満たないので止むを得ずその存在が認められるものであるから、右の各場合以外に法律または定款所定の員数が存するにもかかわらずその最大員数を超えた取締役の存在を認めることはできない。

しかして前記各代表取締役職務代行者はその地位が裁判所による選任に由来するから、株主総会の決議によるもその権限(取締役としてのそれも含む)を制限したり解任することはできないと解するが、取締役の地位を有する商法第二六一条第三項、第二五八条第一項の代表取締役については、その地位にある者が取締役として不適任であれば株主総会において解任することができ、その結果代表取締を欠くに至れば先に説示のように同法第二六一条第三項、第二五八条第二項の規定を活用すべきである。右の理は同法第二五八条第一項の取締役の地位を有する同法第二六一条第三項、第二五八条第一項の代表取締役についても同様にいえるのであつて、その基礎となる取締役の地位が、後任者の就任により定員を充足したため喪われれば、右の代表取締役の権利義務を有する地位をも同時に喪うものと解すべきである。

以上論述したところから明らかなように、商法第二六一条第三項、第二五八条第一項の代表取締役制度は、代表取締役が取締役たる資格は保持しつつ単に代表取締役としての任期の満了または辞任により退任したため、法律または定款所定の員数の代表取締役が存在しない場合、及び代表取締役が取締役としての任期の満了または辞任により退任したため、法律または定款所定の員数の取締役及び代表取締役を欠くに至る場合に対処する規定であつてその基礎たるべき取締役の地位と無縁の代表取締役の地位を仮設したものと解することはできないのである。

ところで本件についてこれをみれば、訴外日東商事株式会社の定款では取締役の員数が一〇名以下となつていることについては当事者間に争がないので、商法並びに定款により右訴外会社の取締役の定員は三名以上一〇名以下となり、それだけの員数が選任されることによつて取締役の定員は完全に充足されることになるのであるが、冒頭掲記の当事者間に争がない事実、すなわち右訴外会社の登記簿では同会社の代表取締役たる取締役であつた原告は昭和三〇年一月三〇日他の二名の取締役とともに辞任して取締役の地位を喪い、代つて同日四名の取締役が選任された旨の記載があり、この事実からすれば同日以降同会社の取締役の員数は定員を充足し、たとえ新たな取締役による取締役会が代表取締役たる取締役を選任しなかつたとしても、すでに取締役の地位を喪失した原告が商法第二五八条第一項や同法二六一条第三項の規定によつて再び取締役乃至代表取締役たる取締役として復帰する余地は全くなくなつていたことが認められるから、原告等辞任の旨を記載した昭和三〇年二月二日の登記は正当且つ適法なものといわねばならない。それにもかかわらず新たな代表取締役の選任がなされていない本件の場合を新たな取締役の選任がなされていないか選任がなされても後任者が定員に満たない場合と同様に解して右昭和三〇年二月二日附登記を抹消し、すでに辞任している原告を代表取締役たる取締役として回復した昭和三一年二月八日附登記は先に説示したところからして商法の解釈を誤つた違法な登記であるというべきである。したがつて右昭和三一年二月八日附の回復登記を商法の規定により許すべからざるものとして非訟事件手続法第一五一条の四に基き、再び抹消した同年九月一五日附の登記は実体上も正当且つ適法なものといわねばならない。

二、次に原告等は前記登記官吏がなした非訟事件手続法に基く職権抹消行為をもつて同法第一五一条の二第一項に違反し実質的審査を加えたのであると主張するので、次下この点について検討するに、商業登記においても不動産登記におけると同様、登記官廿史には実質的審査権がなく、単に登記申請の形式的審査にとどまるべきことは非訟事件手続法第一五一条の解釈上当然であるが、そのことは登記官史の審査が登記申請の実質上の理由や原因の存否効力等には及ばないことを意味するだけで、本件のように商法の規定について法律上の解釈をくだすことまで禁止した趣旨ではない。したがつて前記昭和三一年九月一五日附抹消登記は手続上の面からしても何等違法な点はないといわねばならない。

以上述べたとおり、昭和三一年九月一五日附抹消登記には何等違法な点はなく、したがつてその違法なことを前提としてなされた原告の異議申立を却下した被告の昭和三二年五月九日附決定は正当であるから、これが抹消を求める原告の本訴請求は理由がないといわねばならない。

よつて原告の本訴請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担にうき民事訴訟法第八九条、第九四条後段を適用して主文のとのおり判決する。

(裁判官 川井立夫 村上悦雄 金田育三)

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